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英文修正 人生の後半を生きる

「袖ふれ合うも他生の縁」と昔からいわれているように、人と人とのつながりには、やはり個人的な意思を超えた、縁という深い力が働いている。夫婦の間にはもちろん、友人の間にも、また会社の上司や同僚、隣人との間にも、個人的な意思の力を超えたこの縁の力が働いていて、その力によってお互いが結びつけられていると考えられるのではないでしょうか。
とするならば、私たちは、職場でといわず、隣近所でといわず、今それぞれにもっている人と人との関わりを、もっともっと大事にしていく必要があるのではないかと思います。日ごろ、なにげなく受けとめているあの人、この人とのつながりも、実は世界の何十億という人の中から、深い縁の力によって選ばれ、結ばれた結果である。そう考えて、そこに感謝と喜びの心をもち、そのつながりを大事にしていく。そういうところから、お互いの心もよりスムーズに通いあって、ほんとうに力強い真の人間関係も育まれてくるのではないかという気がするのです。

出典:「思うまま感ずるまま」『PHP』(昭和六十年十月号)

 

松下幸之助は、月刊誌『PHP』の「思うまま感ずるまま」という連載の中で、昭和六十年十月号に「〝縁〟あって」という一文を寄せました。これはその一節です。当時幸之助は九十歳。人生の来し方を振り返り、人の縁の不思議をしみじみと感じていたのかもしれません。
その二年前に発刊された著書『折々の記 ─ 人生で出会った人たち』のまえがきでは、蒲柳の質だった自分が九十歳を迎えようとしている。仕事もそれなりの成果をあげつつ取り組んでくることができた。これもすべて多くの人に支えていただいたおかげであり、また人知を超えた大きな力のおかげだと感謝のことばを述べ、つづけて「これまでにぼくが受けた恩恵のなかには、ある人に出会って、その人の言動から直接間接にいろいろと教えられたということが、いわば数限りなくあります。人生の折々に多くの人と出会い、さまざまな指導や助言、協力をいただいたことが、今日のぼくをあらしめている、という気がするのです」と記しています。人との出会いが自分の人生を形づくっている。人との縁、つながりほど大切なものはないというわけです。
しかし顧みると、人との出会いというものは必ずしも良いことばかりではありません。「心を許し、信頼していた人なのに裏切られてしまった。おかげでたいへんな損をした」「この人と出会わなければ、もっと自分の人生は良いものなっていたはずだ」と思うようなこともしばしばあります。とはいえ、そのような好ましからざる縁も、見方を変えれば、反面教師として相手からよい影響を受けていたり、忍耐や我慢を身につける機会、自分の成長の糧になっているということも少なくありません。つまり、不運な出会いだと考えていたものが、逆に自分の人生のプラスになることもままあるのです。そもそもそうした悪縁というようなものでさえ、大いなる不思議な力の働きによるものでしょう。何かしら意味があると考えてみることもできます。なるほど前向きに受け止め、あらゆることから学び、それらを常に生かすことを心がけるならば、どのような縁もありがたいものとなるに違いありません。
その不可思議で大いなる力に思いをはせ、どんな人との縁にも感謝と喜びをもって心を通わせる。そうした姿勢がよりよい人間関係を築き、ひいては人生を一層豊かにしてくれる。幸之助はそう訴えているのです。

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