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英文修正 人生の後半を生きる

われわれはいったい何のために住宅を求めているのであろうか。その理由はいろいろ考えられると思うが、まず何といっても雨露をしのぎ、暑さ寒さをやわらげるため、いいかえれば、身を守るためであろう。それが第一だと思う。
しかし身のおきどころは、同時に心のおきどころでもある。つまり住まいというものは、身を守りこれに休息を与えるとともに、心のよりどころというか、精神的に落ち着きを与え、憩いを与える場所でもあるわけだ。その限りにおいて住まいというものは、手足を伸ばしてくつろげるところでなければならない。
一方、孟子のことばに“居は気をうつす”というのがあるそうだ。住まいは、住む人の心を変化させ、一つの性格を形づくる力をもっているという意味であろう。
そこで私は、住まいは単に雨露がしのげ、心身のおきどころになればよいというのではなく、さらに進んで、人間を練り鍛える道場、人格の成長をはかる場所でもあると考えねばならないと思っている。

出典:「ラジオテレビニッポン」(昭和四十一年十月九日号)

 

これは、昭和四十一年十月九日発行の「ラジオテレビニッポン」紙上に、松下電工(現パナソニック)会長として寄稿した一文です。松下幸之助は七十一歳でした。
当時の日本は、衣、食についてはまず困ることがないまでに発展していました。しかし住宅物資の不足等から、住宅問題は一向に解消されない状態が続いていました。幸之助は、日ごろから、大事なものはいろいろあるが人にとって住まいがいちばん大事と考えており、特に住宅問題は大きな関心事の一つとなっていたようです。
そこで幸之助は、まず住宅の適切な供給が重要であるとし、その整備、改善を主張しました。とはいえ、ただ量を増やせばよいというわけではありません。たしかに、戦後の昭和二十年代から三十年代にかけては、雨露をしのぐことが焦眉の急でしたが、ある程度、復興、発展をみた段階では、やはり求められるのは快適さです。快適でなければ心身の健康が保てず、お互いの暮らしも真に豊かとは言えないでしょう。
加えて、ただ合理的で快適というだけではまだ十分とは言えません。幸之助は、「どんなに生活が合理化されても、そにには、多少、各国独自の民族性なり伝統というものが残り、生活様式にも違いがあるのである。したがって、そういう違いがやはり建築にも加味されなければならない。いいかえれば、どんなに合理性に富んだ家でも、それは見て美しいものでなければならない。その土地、その風土にふさわしいものでなければならない」と述べ、住宅が町並みや風景に溶け込み、伝統と調和していることが重要と訴えました。今ではごく当たり前の考え方ですが、幸之助は、それをずっと以前にすでに指摘していたわけです。
さらに幸之助は、住まいはただ住むための器ではなく、人間の成長を進めるものでなければならないとの考えを示しました。たしかに家は毎日の生活の場で、圧迫感や居心地の悪さを感じるようでは、精神的にあまり好ましくはないでしょう。その結果、日々の仕事にも差し支えることもあれば、人としての品性やあり方を損なうことにもなるかもしれません。ましてその家で子育てをするとなると、子どもへの影響も心配になります。
そこで幸之助は、“住まいは人格の成長をはかる場所。住まいづくりには細心の注意を心がけねばならない”とし、お互いの豊かな人生には、住まいへの配慮もきわめて大切だとしたのです。

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