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英文修正 人生の後半を生きる

ある科学の本には「寿命を縮めるあらゆる障害を除き、真の寿命を全うすれば、人間は百五十年から二百年は生きられるのではないか」と書かれているそうです。また、わが国でこれまでいちばん長生きした人の記録としては、百二十四歳の男性がいたということも聞きました。
そういうことからすれば、私自身の寿命も、まだまだ伸ばすことができるのではないか、という感じがします。そこで、数え年で九十歳になったのを機に、長寿の日本新記録に挑戦してみようと思い立ちました。そのためには、目標を百三十歳ぐらいに置いて、常に自分で自分を励まし燃え立たせつつ、日々を送らなければ、と考えて、自分なりに努めている昨今です。
この目標がどこまで達成できるかは、もちろんわかりません。しかし、わからないなりに、一所懸命、希望と勇気をもって人生の歩みを続けることが、自分の寿命を生かしきる道であり、その道をとることが、私自身の務めでもあるのではないかと思うのです。

出典:『人生心得帖』

 

これは、九十歳になった松下幸之助が、心得帖シリーズの第四弾として発刊した著書『人生心得帖』に記した一文です。
生来、幸之助は蒲柳の質で、四十代前半ぐらいまで寝たり起きたりの生活を続けていました。そのため、本人自身そう長く生きることはできないと思っていたようです。しかし、それが思いのほか長寿を得たことに幸之助はたいへん驚き、また感謝しつつ、一方で、寿命というものは基本的には人知を超えたもの、いわゆる天命であり天寿であると思うようになりました。そしてその天寿を生ききることは、お互いに課せられた責務ではないかと考えるようになったのです。
今日ほど医療技術が進歩した時代でも、たしかに寿命は人間の力ではどうすることもできません。丈夫な体をもち、適切な食事や運動を心がけていた人が、ひょんなことで重い病にかかったり事故にあったりするかと思えば、体が弱い上に暴飲暴食をし、健康にほとんど配慮しない人が不思議に長生きすることもままあります。そう考えると、寿命はまさに天寿であり、それをまっとうすることは一面、天に対する責務といっても過言ではなさそうです。
いずれにしろ、せっかくこの世に生まれたからにはできるだけ元気で長生きしたいもの。幸之助自身、ぼんやりと過ごすのではなく、目標をもって歩むことが長寿には大切であるとして、十九、二十、二十一と三世紀にわたって生きたいと宣言したことがあります。その中では、これは愉快なことだ、二十一世紀まで生きるのだからその準備もしなければならないと述べてもいます。またある人から半寿のお祝いをもらった際に、“中国では人間は百六十歳まで生きることができるという。だから八十歳を半寿というのだ”と教えられ、たとえ百二十歳まで生きたとしても早死になる。まだまだ頑張りたいと語ったりもしています。
それでは長生きの秘訣は何でしょうか。幸之助は次のように述べています。「毎日うまいものを食べ、何の心配もなくのんびりと生活していても、長生きできるとは限らないらしい。むしろ、適当に心身をつかうほうが長寿に結びつくという。もちろん、人によってちがいはあるのだろうが、楽ばかりをしていても必ずしも長生きできないというのはおもしろい。人間、ある程度は心配もまた必要だということかもしれない」多少の苦労や心配が長寿の秘訣。妙味のある見方といえるでしょう。

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