LINEで送る

英文修正 人生の後半を生きる

 ひところ山岡荘八さんの『徳川家康』が大変に読まれ、各界の指導者の間で家康ブームが起こったことがあった。確かに家康は日本の歴史上最もすぐれた指導者の一人であり、その考え方なり業績に学ぶべきものが多々あるのはいうまでもない。しかしだからといって他の人が家康の通りにやったらうまくいくかというとそうではない。むしろ失敗する場合が多いと思う。
 というのは、家康のやり方は家康という人にしてはじめて成功するのであって、家康とはいろいろな意味で持ち味のちがう別の人がやってもそれはうまくいかないものである。だから、家康のやり方をそのまま真似るというのでなく、それにヒントを得て自分の持ち味に合わせて生かすことが大事なのである。
 人にはみなそれぞれにちがった持ち味がある。一人として全く同じということはない。徳川家康はあくまで一人なのである。だから、それぞれがその持ち味を生かしたあり方を生み出していかなくてはいけない

出典:『指導者の条件』より

 

『徳川家康』が流行したのは、現実に即して兵力や経済力を巧みに使う家康の手腕が、当時の社会での処世術、経営法にも通じると考えられたからのようです。松下幸之助も、人に勧められるままに読んでいます。もともと歴史物が好きで奉公時代から講談本を読んだり、ときに芝居を見にいったりしていたことから、家康にも興味を持っていたのでしょう。
しかし、幸之助は考えました。家康も私たちもみなそれぞれ異なった天分、特質をもっています。お互い性格や才能が違えば、境遇も違う。当然、家康の通りに事をなそうとしてもできるはずがありません。たとえ似たような取り組み方ができたとしても、時代が違えば、折々の状況も異なっています。同じような成果をあげることなどできないでしょう。参考程度に学ぶのは結構。でもその通り真似るのは、主体性のない誤った姿ではないかというのです。
この考え方は、幸之助自身の経営理念や実践事例から経営法を学ぼうとする研修の受講生に対しても同様です。昭和五十二年ごろ、松下電器(現パナソニック)の幹部を対象に行われていたPHPゼミナールに、幸之助がひょっこりと顔を出しました。幸之助は受講生を前につぎのように語りかけました。「この研修で示されるのは、ぼくはこのときこういうようにやったという一つの考え方、精神やな。けど、今は時代も変わっているから、そのまま通用するかどうか分からん。だから、その精神を今の時代なり、現在の商売の状況に合わせて、自分で考えないかんな。そやないと“本読み”になってしまう。それでは具合が悪い。セミナーを受けて、“なるほど感ずるところがある”と思ったならば、その感ずるところに自分の個性なり持ち味というものを生かしていく。その生かし方がまずいと、力があってもあかんわけや。だから自分というものの特色を、自分でつかまないかんな」
百メートル走の世界記録を出した選手のそのフォームを真似たところで、同じ記録は出せません。生まれ持った筋肉の種類、つき方、体格等が異なっており、むしろその選手に合ったフォームを見出すほうが良い記録が出るそうです。やはり、自分に与えられた天分、特質をしっかりとつかみ、それらに応じたやり方、生き方を心がけてこそ、みなすばらしい成果をあげることができるのです。
幸之助八十歳の折に指導者向けに著した本の一文ですが、お互いの人生の生き方にも通じることではないでしょうか。

LINEで送る