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英文修正 人生の後半を生きる

 

私は人間の年齢について、こんなふうに考えている。体力というものは、だいたいにおいて三十歳ぐらいが最高であって、それからはだんだん衰えていく。また知力は四十歳ごろがピークで、それ以後はしだいに低下していく。もちろん、ある種のスポーツは二十歳前後が一番いいとか、学問の中にも二十代に最も研究成果があがるというものもあるが、総合的に見ると体力は三十歳、知力は四十歳ぐらいが最高だといえるのではないだろうか。
しかし、現実にはむしろ五十とか六十の人がより高い地位を占め、指導的立場にあるという場合が多い。それは一つには、体力、知力は衰えても、経験というものがそこに加わるということもあるだろう。それと同時に、あの人は年齢が上だから、先輩だからというので、その人自身の知力、体力は低下してきても、若い人びとの知恵と力がそこに集まりやすく、そうした総合的な知力、体力によって事がなっていくのだと思う。

出典:『経済談義』

 

 

人の能力は、加齢によって高まり加齢によって低下します。たとえば体力がよい例でしょう。
文部科学省の「平成二十三年度体力・運動能力調査」によれば、全体的な傾向としては、男女とも六歳から体力水準が向上し始め、男子では青少年期(六~十九歳)の十七歳ごろにピークに達し、女子では十四歳ごろにピークに達すると報告されています。そして男女ともに二十歳以降に体力水準がゆるやかに低下するようです。もちろんこれは平均的な結果で、持久力や瞬発力など、測定する力によってピークは異なるでしょうし、人によっても大きな違いがあります。七十歳を過ぎてなおマラソンを走りきる人には誰しも驚かされます。
それでは知力や気力はどうでしょうか。これらついては明確な研究成果が見当たりません。おそらくいずれも多くの要因が絡んでいるため、はっきりと測定しにくいのでしょう。とはいえ、だいたいの感じでいえば、松下幸之助がいうように五十歳を経ると物覚えも集中力や根気も低下するような気がします。さらには、六十を過ぎると、自分の感情を上手にコントロールできなくなる人が増えるように思えます。結局、齢を重ねれば誰しもこうした基本的な傾向は避けられないのかもしれません。
とすれば人は、歳を経るほど力が衰え、ついには何の役にも立たない存在になってしまうのでしょうか。幸之助は、決してそんなことはないといいます。たしかに能力は劣ってきます。でも、逆に高まるものがある。それは経験で、それが徐々に衰える体力や知力を補う大きな力になるというのです。
実際、ある一つのことをやって失敗した経験がある人は、次に同様のことをしても、同じ過ちはそう繰り返さないでしょう。さらに多く経験を重ねた人になれば、四十歳を過ぎて体力、知力が落ちても、経験によって物事をうまく処理できる場合が多いはずです。
また歳を重ね、老齢というような年齢に達しても、豊かな経験から生まれる適切な助言が若い人を助けることもあります。昔から、経験が豊かで指導的立場にある高齢者を「長老」と呼んで敬ってきました。歳を経て得た経験は大いに役立ち生かすべきものです。
これは昭和五十一年、幸之助八十一歳のときに著した『経済談義』の一文ですが、齢を重ねていても、まだまだ自分にはできることがある、若い者には負けないとの意欲が伝わってきます。

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