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英文修正 人生の後半を生きる

 

以前のことになりますが、からだの調子が悪かったせいかもしれませんが、多少心労をおぼえ、何となく心寂しいような感じをしたことがありました。
そこで、友人に「どうも自分は最近、何となく寂しくて物事を悲観しがちになるのだが、これはどういうわけだろうか」というと、「君は少し憂鬱病にかかっているのとちがうか」と、こういう話です。「それはなぜだろう」とさらに聞いてみると、その人は「その原因は、きわめて簡単や。君は喜びを知らんのや。有難さを知らんのや。いいかえると感謝の念がないから、そういうような寂しさに陥るんや」といわれるのです。
私も静かに考えてみますと、確かにそういう点がありました。〝これは自分の見方が誤っていた。喜ぶべきことに対して憤慨してみたり、いろいろ煩悶して心身の働きを弱めていた〟と反省したわけです。そして自分の見方をもっと大きく広げなければいけない、自分の心を正しく建て直さなければいけないと考えたのでした。

出典:『人間としての成功』

 

 

これは、松下幸之助が八十二歳の折に著した『人間としての成功』の一文です。
仕事でもプライベートでも、できることならすべて自分の思うようになればと誰しも願うのではないでしょうか。たしかに、望んだ通り人が動き、飛ぶように商品が売れ、仕事の成果があがる。また願った通りに子どもが第一志望の学校に合格するなど、すべてが自分の思うようになるとしたら、これほど愉快なことはありません。けれども実際の世の中は、何事によらず自分の思う通りにならないことのほうがむしろ多いといえましょう。もちろん、全体としては努力と運次第で、望んだ以上の成果が上がる場合も決して少なくはありません。とはいえ、やはり何でも自分の思う通りにしたいというのは無理な話でしょう。
それにもかかわらず私たちは、人が自分の思う通りに動いてくれないといっては腹を立て、思うような結果が出ないといっては不平不満を口にし、意見の異なる人と対立しては怒りを抱いて煩悶する。そのあげくに憂鬱な気分に陥るということがしばしばあります。なかなか思う通りにならない世の中を、すべて自分の思う通りにしようとしてみずから心を暗くするというのは、考えてみれば何とも愚かな話ですが、これも人間の心の未熟さの一面といえるかもしれません。
しかし、視点を変え、素直な心で見るならば、私たちが思う以上に、お互い実に多くのことに恵まれていることに気づかされます。たとえば私たちは、何の努力も工夫もしていないのに、空気や水、太陽の光の恵みを享受しています。大自然は惜しみなく私たちにたくさんの恵みを与えてくれているのです。さらにいえば、不思議な縁で結ばれた親、友人、その他多くの人々の支えのおかげでいまの人生や暮らしがあるということを、誰も否定できないでしょう。そうした周囲のあたたかな支援があればこそ、私たちは日々の暮らしを送ることができているのです。思う通りにならないと不満で心を乱すより、そうした多くの恵みに対して感謝の心をもち、毎日を心楽しく送ることのほうがどれほどすばらしいことかわかりません。
幸之助は「感謝の心を忘れてはならない。感謝の心があってはじめて、物を大切にする気持ちも、人に対する謙虚さも、生きる喜びも生まれてくる」といっています。お互いに、感謝の心を忘れていないか、折に触れ自問自答したいものです。

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