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英文修正 人生の後半を生きる

 

 爽やかな朝の空気を胸いっぱいに、わが家の前の道を掃除する。勤めの早い近所の人が向こうからやって来る。“おはようございます”“おはようございます”。
 何気なくとりかわすこの朝のあいさつは、何でもないことのようだが、私たちは、もう少しこのあいさつの大切さを考えてみたい。“ゆうべは寒かったですね”という、おたがいにいたわりあう気持ちから出たこのあいさつで、あるいは“毎度お世話になっております”というこの感謝の気持ちから出たあいさつで、おたがいの用件にはいる。仕事がスムーズに動き出す。だれが考え出したのでもない。私たちの遠い祖先から伝わってきたこのあいさつというものは、いわばおたがいの毎日の暮らしの潤滑油とでもいった尊い働きを果たしているのである。“お寒うございます”と言ったところで暖かくなるわけではなし、というのは落語の中の話だけにしたい。
 お互い明るく朗らかに、あいさつをかわしあうことを心がけたいものである。

出典:『道をひらく』

 これは、松下幸之助七十三歳、昭和四十三年三月発刊の『道をひらく』に収められた一文です。本書は、月刊誌『PHP』に連載され、好評を得ていた随筆をまとめたもので、いまもなお多くの方々に愛読されています。
さて、その中で幸之助は、ごくあたりまえとも思えるあいさつについて取り上げています。それというのも、幸之助は丁稚奉公時代から繰り返しあいさつの仕方を躾けられており、商売人としてはもとより人間としても、あいさつは礼儀作法の一つとしてとても大切なものと考えていたからです。
戦後、日本の家庭教育や学校教育は、ともすると日本的なあいさつや礼儀作法を封建的なものと見なし、正しくしっかりと躾けてこなかった面があります。しかし、そうした人間としての基本を身につけないまま社会に出たのでは、目上の上司や先輩はもちろんのこと、同僚や友人、あるいは地域社会の人との関係までもがぎくしゃくしかねません。当然、お互いに何となく話しかけにくく、疎遠にもなってくるでしょう。特に近年、若い人たちのコミュニケーション能力の低下が指摘されていますが、それはやはりコミュニケーションの入り口であるあいさつがうまくできないことに一つの原因があるとも考えられます。「こんにちは。今日は良いお天気ですね」と何気なくかわしたあいさつから、お互いの最近の健康や仕事のこと、趣味の話などに話が展開することもあるでしょう。そうなれば、ただの顔見知りから、親しみを感じる知人になり、これまで以上に声をかけやすくなるはずです。
また私たちの社会は、いろいろな物の見方や考え方の人が集まってできています。もとより意見が衝突することは決して珍しいことではありません。とはいえ、意見が合わないというだけでいがみ合い、争うのはきわめて愚かなことです。ともにもっと信頼し、尊重し合っていれば、いたずらに争うことなどないはずです。ここで大切になるのが日ごろのコミュニケーションです。意見が対立したとしても、コミュニケーションを通じて基本的な信頼感が双方にあれば、より建設的な議論になりやすく、すばらしいアイデアを見出せるかもしれません。つまり基本的な信頼関係の上での対立は、争いではなくむしろ大きな発展のきっかけにもなるというわけです。
たかがあいさつ、されどあいさつ。一人ひとりはもとより社会全体の繁栄、平和、幸福のためにも、もっと意識して行なうべき大切なことではないでしょうか。

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