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英文修正 人生の後半を生きる

 

 私は心から休暇をとったというようなことがありません。寝ておっても会社のことを考えるということで、一瞬たりとも休んだことはないわけです。
 けれども、一ぺん三月(みつき)でも四月(よつき)でも心から休養をとって、第二の人生というものはいかにあるべきかということを考えるのも一つの方法やないかと考えております。
 それで、世間で言うごとく老害ということがありますが、自分ももう今年は数え年九十歳でありますから、もうボツボツ老害を感じさす時になっていると思います。もし実際に、老害を与えるようなことやったら誠に申し訳ない。みなさん一生懸命にやっておられるのに、新しい時代にふさわしい経営方針をとっておられるのに、私が六十年前の考え方を未だにもって、とやかく口ばしを入れることは本当に迷惑かけるということになろうかと思うんです。そういうことで、一ぺん考えてみようと、ここ一カ月ほどは、そういうことを考えておりました。

出典:創業記念式典での話(昭和五十八年五月五日)

松下電器(現パナソニック)を世界的な企業に育てあげたことで、その経営手腕については実証済みです。そもそも創業者である松下幸之助に逆らう人などまずいません。こうした場合、ともすると人は、他人の意見に耳を貸さなくなったり、自分が正しく相手が悪いと一方的に批判ばかりしたり、どうもワンマンな言動をするようになりがちです。しかし、幸之助は決してそうはなりませんでした。
なぜなら、衆知の大切さをよく知っていたからです。幸之助は次のように述べています。「一人の知恵には限りがある。それがどんなに偉い人であっても、やっぱりその人一人の知恵には限りがある。こんな限りのある知恵で長い人生を歩み、広い世の中を渡ろうとするのだから、ともすればあちらで迷い、こちらでつまずく。自分一人ですむことならそれでもまたよいかも知れないが、この世の中に住むかぎり人々はみなつながっている。つながっているから、自分がつまずけば、他人も迷惑をする。他人に迷惑をかけるくらいなら、一人の知恵で歩まぬ方がいい。」自分一人の知恵だけでなく、他の人の知恵を借りてこそ適切な判断が下せる。こうした考え方に立つかぎり、自分本位で勝手な言動は控えるようになります。よく言われる老害ということにもなりにくいでしょう。
それに加え幸之助は、たえず自分自身をあるがままに把握しようと努めていました。たとえば自己認識について「何か事をしようという場合、いちばん大切なことは、おのれを知る、自分の力を知るということではないかと思います。だれかと競争しようという場合でも、自分はこれくらいならやれるというものをもち、またそこそこの相手を選んで競争すれば勝負もおもしろいと思いますが、自分の力もわきまえず、実力の数段上の相手と競争しようとすれば、全く問題にならないばかりか、思わざるケガや失敗をしかねないと思うのです。」と述べています。さらに、私利私欲にとらわれず、客観的かつ冷徹に自分自身を観察する自己観照を重んじ、自分を正しくつかむことの大切さを人にも自分にも言い聞かせつづけていました。
人は年齢がいくにしたがい、頑迷になり、自分の見方考え方に固執してしまうもので、そのため世の中では、若い人の発意や言動の妨げになっている人がまま見受けられます。そこで幸之助は、自分自身はどうだろうかと顧みるのです。
昭和五十八年五月五日に行なわれた松下電器の創業記念式典での講話の一節ですが、九十歳にして冷静に自分を見つめようとする幸之助の真摯な姿勢が表れているのではないでしょうか。

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