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英文修正 人生の後半を生きる

 病気といえばたいてい肉体が病むものと、だれもが考えている。そしてその病人に対しては、周囲は同情もし慰安もする。会社等においては、長期にわたる病気欠勤の場合、たびたび見舞って一日も早い快癒を祈るというのが、世間一般のならわしである。
 ところが、病気というものは、肉体だけのものではなく、心身ともに病む場合、または肉体は何ともなく心だけが病む場合も多くあるはずである。しかるに心を病んでいるという場合、はっきりとした症状が外部に現われないため、周囲からは分かりにくい。
 したがって、ほかから同情の念も慰めの情も起こらず、むしろ、あの人は近ごろぼんやりして活気がなく、仕事もはかどらず、間違いが多くていっこう役に立たないなどと、軽侮の念さえ抱かせる。それではたしていいであろうか。
 自分は、心を病む病人に対する慰めにも十分意をいたし、その快癒を促進するようにせねばならぬと、このごろ痛感している。

出典:「心を病む人」(昭和十六年二月十九日)『松下幸之助発言集29』

 これは、昭和十六年二月十九日、松下幸之助四十六歳の折に社員に語った所感の一節です。厚生労働省が、三年ごとに全国の医療施設に行っている調査では、平成八年には四十三万三千人だったうつ病等の気分障害の総患者数が、平成二十年では何と百四万一千人。十二年間で二.四倍に増加しています。もとよりこの調査の対象は医療機関に受診している患者に限ったもので、うつ病患者の医療機関への受診率が低いことから、実際にはこれより多くの患者がいると推測されています。そこで現在では、学校や企業、行政など、社会全体での取り組みが強く求められるようになっています。しかし、このようにうつ病などの心の病が社会的に正しく認知されはじめたのはごく最近のことです。それを幸之助は、はるか昔から指摘し、社員や人々の注意を促していたのです。今日ほど深刻な社会問題になるとは予想していなかったかもしれませんが、まさに慧眼といっても過言ではないでしょう。
また、著書『道は無限にある』では次のようにも述べています。
「人間というものは、気分が大事な問題です。気分がくさっていると、立派な知恵才覚を持っている人でも、それを十分に生かすことができません。しかし気分が非常にいいと、何ら今まで気付かなかったことも考えつく、というように、だんだんと活動力が増してきます。」
当たり前のことようですが、幸之助が指摘するとおり、気分はしばしば人のものの見方や考え方を左右します。たとえるなら気分はキャンバスの背景色のようなもの。背景が黒い色だとその上にどんなに楽しそうな絵を書いても絵の印象は暗くなり、逆に背景が明るいと絵の印象も楽しげなものになります。つまり、気分次第で、同じ事柄でもチャンスに見えたり失敗を招く種に見えたりしかねないわけです。
このことは物の見方、考え方に限りません。人に会ったり話したり、あるいは外に出かけたりといった行動面にも関わっています。したがって気分というものは、ついには人の生き方や幸福感にも少なからず影響を与えることになるのです。こうした気分に着目してその大切さを主張している幸之助。すぐれた経営者であるだけでなく、人の心に深い見識を持つ心理学者でもあったといえそうです。
やはりお互い、意識してできるだけ気分よく過ごすとともに、心の健康にも気を配ることが大切なのではないでしょうか。

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