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 自分の欠点というものは、自分では気がつきにくいし、また気がついても進んでそれを改めることはなかなかむずかしい。しかし、他人から何べんも指摘され注意されるならば、その欠点に気づくし、それがだんだんと直ってくるのではないだろうか。ただ、他人に注意してもらえるかどうかは、自分の態度なり心構え如何によって変わってくる。もし、欠点を指摘されて腹を立てたり不機嫌になったりするならば、人は陰で言うだけで、本人には直接注意してはくれないようになるだろう。それでは、結局自分の進歩も成長も止まってしまう。
むずかしいことではあろうが、お互いに他人の注意は喜んで聞くという気持ちをもちたいものだと思う。

(「喜んで聞く」『思うまま』)

 

どんな人にも長所があれば短所もあるというのが一般的な見方でしょう。しかし考えてみると、必ずしもそうとは言えないことに気がつきます。たとえば“短気は損気”と言われ、短気であることが短所の一つに数えられがちですが、釣りではそうした人のほうが上手になりやすいそうです。じっくり釣れるまで待つということができず、何としても早く釣果をあげようと手間ひまを惜しまず工夫するため、気の長い人より上達が早くなるというのです。

そうしてみると、短気が一概に短所とも長所とも言えないことになります。同じ一面が、あるときには長所に、あるときは短所になる。つまり基本的に長所も短所もなく、いずれも人それぞれの個性、特性で、要はその発揮の仕方、生かし方で評価が変わるというのが妥当な見方なのではないでしょうか。

最近は変わりつつあるようですが、スポーツの多くの指導者は、以前まで選手の短所を直し長所を伸ばそうとすることが多かったようです。しかし、そうそう思うようにはいきませんでした。短所を直そうと手をかければかけるほど、短所が良くなるどころかなぜか長所が失われ身もふたもない結果に終わることが少なくなかったというのです。日米のプロ野球界で偉大な記録を残したイチロー選手は「振り子打法」で有名でした。しかしこの打撃方法は従来の理論とは大きく異なるため、当初は否定的な評価を受けていたそうです。それが持ち前の技術と努力で好成績を上げるまでになりました。つまり短所とみなされていたものを生かし、長所に変えているわけです。こうした例はいくらでも見出すことができます。これは短所だ、あれは長所だと単純に分けるのではなく、あらゆることを一つの個性、特質と受け止め、それをいかに生かすかを考えることが何より大切なのでしょう。

とはいえ、ここに一つ問題があります。それは「欠点」です。短所に近いのですが、私は「欠点」というのは、いつも悪い出方をするように凝り固まってしまった個性や特性で、他から非難の対象となるものと考えています。他に害をなし、めぐりめぐって自分自身の成長や幸せまでも妨げかねない。とすれば、そのまま放置するわけにはいきません。お互いに助け合いながら工夫努力を重ねて改善することが求められます。

他人の失敗や問題点を発見するのが上手でも、伝え方、コミュニケーション力が低いと、しばしば人間関係がぎくしゃくしたり喧嘩になったりします。誰しも自分の問題点や失敗を指摘されるのはあまり気分が良いものではありません。それどころかむしろ苛立ったり腹が立ったりするはずです。そこへ横柄な言葉、乱暴な言い方で批判的に問題点を指摘されてしまう。たとえ自分が悪いとわかっていても受け入れられず、何かと理屈をつけて言い返すなど、問題自体を否定してしまうのが人情の一面でしょう。問題点を指摘した本人自身、“彼のためにと思って言ってあげているのに……”と不満を感じ、逆切れされたと気分を害し、腹を立てることにもなってしまいます。これでは双方ともに謙虚に注意に耳を傾けよう、あるいは注意してあげようという気持ちが失われ、せっかくの機会を逃してしまうことになります。

お互い、欠点を指摘されたとき、どのような態度をとっているでしょうか。相手の言い回しにもよるかもしれませんが、素直に耳を傾けているでしょうか。長所や短所があるのは当たり前。それらをいかに適切に日々の暮らしの中で生かせるか。また欠点は誰もが少なからず持っています。難しいことですが、その指摘に謙虚な心で耳を傾ける。言いにくいことを熱心に言ってくれたと感謝しつつその話を聞く。そうして初めて私たちは欠点を短所と考え、さらに自らの特性、個性と見直し、自分の成長につなげていくことができます。

お互いに甘い言葉よりもむしろ痛い言葉にこそ耳を傾ける。なかなか難しいことですが、そうした心がけで日々を送るよう努めたいものです。

経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

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