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 一つの思想で一切のことを律しようとすれば、必ず無理が起こる。だからわれわれはいろいろな思想を取り入れ、自分のものにしてゆくことが肝要であろう。一つにとらわれることなく、すべてを調和させてゆくといった、融通無礙の自在さをもつことが望ましいと思う。

(「融通無碍の自在さ」『思うまま』)

 

万能薬という言葉はありますが、実際にそんな便利なものはありません。同様に、必ず会社が発展し、成功できるという経営学の理論もありません。この私たちが暮らす世界は日に新たに変化、生成発展しています。そのときどきの状態に応じて考え方や行動を柔軟に変えながら、即時即妙に対応していくことが求められます。また一見すると同じ問題に思えても、見る角度によって見え方は異なります。もとより対処の仕方も無限に変えていくことが必要です。こうすれば絶対に成功するという便利な理論も道具も、方法等もありません。私たちの身近にドラえもんはいないのです。

それにもかかわらず、ある特定の見方や考え方を、まるで絶対に効く薬であかるのように見なして行き詰まっている人が少なくありません。たとえば、しばしば指摘されていることですが、“成功体験に縛られて失敗する”というケースは、よく見受けられるのではないでしょうか。以前、この方法で成功したのだから今回も必ず成功すると考え、それにとらわれるあまり、不必要な失敗、損害を出してしまう。何とも残念な話です。

しかし、わかっていても思うようにいかないのがこの世の習いです。“万能薬はない”“一つの考えや方法にとらわれないことが大事”とわかっていても、いつの間にかその過ちに陥ってしまいます。

大きな岩が行き道をふさいでいようと、迂回する道さえ見つければ難なく目的地にたどり着くことができます。ところがその大きな岩にとらわれ、その道に沿って行かねば目的地につけないと思い込んでしまうと、岩の前から一歩も動けなくなってしまう。似たようなことを私たちはよくしているのではないでしょうか。

例えばこうしたことは、実際の仕事においてもしばしば起こります。営業先でもっと安くしてほしいという要望を受けるのは日常茶飯事です。それに対して、“お客様第一”と教わったからその通りにしなければならないと考え、言われるままに値下げしていけばどうなるでしょう。売れば売るほど赤字という事態を招くことになりかねません。たしかに“お客様第一”は仕事の基本ですが、それを表面的に理解し、とらわれていては仕事そのものが成り立たなくなります。

またその際、頑なに自分の考えに固執すると、たとえ親切に“採算が取れず仕事がうまくいかなくなる”と助言されても、一切耳に届かないということにもなります。結局、一つの考え方にこだわりとらわれてしまうだけで仕事を台無しにしてしまうわけです。

さらに言うなら、同様のことは日常の人間関係の中でもしばしば見受けられます。

人は誰しも様々な考え方や価値観を持っています。いずれも人の個性であり、できるだけ尊重されなければなりません。また本来その考え方や価値観があればこそ、大きな志を打ち立てたり、力強く突き進んでいったりすることができるのです。とはいえ逆に万人万様であればこそ、しばしば意見がぶつかり、相争う姿も生まれてしまいます。これは至極自然な姿でありいけないことではありません。問題なのは、意見が食い違い話し合いをする際に、自分の考え方や価値観に固執してしまうことです。何事であろうと人間のなすこと、考えることに“絶対”はありえないでしょう。言い換えれば、誰しも先入観であったり偏見であったり誤った情報に振り回され、少なからず間違った側面をもっていると思います。それをお互いにわきまえつつ話し合うことができるなら、いたずらに自分の意見にとらわれることもありません。相手の意見が正しいと思えば、謙虚に受け入れることもできるでしょう。またそうすることで、より良い判断ができ、人間関係もことさらややこしくすることなく仲良く楽しく暮らせるはずです。

さらに視野を広げれば、こうしたことは国家間の主義主張や宗教間の争いにも通じます。それぞれどれほど自分が正しいと思ったとしても、まずは相手の訴えを謙虚に聞き、お互いにとって最も好ましい方策を検討する。一つのことだけが絶対に正しいというわけではありません。一面の正しさはあったとしても他から見れば誤っているということなどしばしばあるものです。加えて、考え方も方法も無限にあります。これしかないと考えた次の瞬間に状況が変わり新たな方法が見つかるとか、まったく異なった方向からある人が意見を寄せてくれたおかげで、視点の転回が起こり、別の解決策を思いつくということもあるでしょう。

正義に殉じ、志に命を賭して戦うことはたいへん尊いに違いありません。しかし、自分にとって正しいと信じることであればなおのこと、ときにはいったん棚上げにする勇気をもつ。あるいは志に向かう歩みを少しゆっくりする心のゆとりをもつことも必要なのではないでしょうか。

やはり、考え方、判断、対策、主義や宗教的信念などなど、いずれにおいても一つのことにとらわれることなく、まさに融通無碍に心を自由自在に働かせ、適時適切な言動を心掛ける。そうすれば、おそらくこの世はもっと生きやすく暮らしやすいものになると思います。

皆さんはどのようにお考えでしょうか。

 経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

 

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