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英文修正 人生の後半を生きる

 このあいだも、ある会合で十人余りの人と話したんですが、一時間ばかり話して、それで隣りの部屋へ移って、今度はご飯を食べるとき、私の前へ座った人が先刻話をした人なんですよ、その人の顔を忘れてしもてるんですよ(笑)。一時間ほど前にね、二人で話しておきながら、あんたどなたでしたかな、というようなもんで、その人も妙な顔してるんですよ。むこうは、いま話したんやないか、というわけですな。非常に記憶力が薄くなってきました。自分でも困ったなあという感じがするんであります。
 けれども、ある人に言わせると、「松下君、それでええんや。いつまでももっといても、頭の中でしんどいぞ。その場で忘れてしまうから長生きするので、それでいいのや。苦にすんな」と、こう言うてくれますので、そんなもんかいな(笑)、それやったら心配ないわいと、こう思って、今日まで来たわけであります。けれども、これからは、だんだんと忘れっぽくなって、もう十年もすれば、嫁さんの顔も忘れてしもうて、あんたどなたさんですか(笑)、というようなもんですな。そのかわりに長生きするやろうと思うんですよ。

出典:「社団法人日本病院会 第二十八回大会日本病院学会」(昭和五十三年十月二十二日)『松下幸之助発言集10』

 

 

 

有名な映画俳優の名前が思い出せない、大好きだった歌謡曲の曲名が、喉まで出かかっているのにどうしても思い浮かばない。こうしたことは、老若男女を問わず、誰もが少なからず経験しているのではないでしょうか。ちょっとした物忘れは、ごく身近な現象といえるでしょう。
しかし近年、この物忘れを病気の兆候として問題視することが多くなってきました。広くは健忘症、さらには重篤なアルツハイマー型認知症など、日常生活に支障をきたすような問題になる可能性があるとして、専門家から注意が促されています。そうした指摘の通り、物忘れの中には、重大な病が潜んでいる場合もあります。もしそうした不安があるとすれば、一度お医者さんに診察してもらうことも大切です。昨今、さまざまな治療法や病気の進行を遅らせる方法が開発されてきており、できるだけ早めに診察を受ければ大事にならなくてすむことも少なくないそうです。しかし、診察を受けて何ともないとなれば、これは一安心。多少の物忘れなど、むしろ気に病むことのほうが問題となります。
昭和五十四年一月、八十四歳のとき、全国の販売会社社長懇談会に出席した松下幸之助は、自分の物忘れを率直に吐露して詫びつつ、次のように挨拶しています。 「先ほどから、皆さんがこの会場にお入りになる姿をお迎えしていたんですけれども、〝ああ、あの方はどこやったな〟とか、〝ちょっと白髪が増えたな〟という程度はわかりますけれども、どこのどなたやということがちょっと思い出せない。こういうことを申しあげると、『なんや、もう四十年も五十年も取引しとって、まだそんな頼りないことを言うてんのか』とお叱りになるかもしれませんけれども、正直なところ、その通りであります。そういうことで、はなはだ申し訳ないと思うんでありますけれども、しかしそういう皆さんのお顔を拝して、何県のどなたであるということは思い出せませんけれども、心は通じていると、かように自分では考えております」  鬱々とした気分でいるとかえって物忘れがひどくなるという説もあります。また、そもそも忘れてしまうということは、自分にとってそれほど大事なことでもなければ、あまり関心を引くものでもないとも考えられます。
物忘れ結構、特に年齢を重ねてくれば、記憶力が低下するのも自然なこと。些細な物忘れにいちいち落ち込むことなく、それも宇宙の摂理と素直に受け入れ、大らかに日々を過ごしたいものです。

 

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