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英文修正 人生の後半を生きる

女性に何も感じないという男はね、どうかしとるんですよ。嘘やと思いますわ。それがなくなったらもうあきまへんで。実行するかせんかは別として、そういう気分が大事ですな。
女性でも男性でもそうですわな。昔の講談本を読んで覚えているんですけどね、大岡越前守が裁判する時に、非常に迷うたんですな。それでお母さんに、女性でも恋心があるか、色気というものがあるかということを尋ねたというんです。裁判するのに参考になるからね。すると、お母さんが、火箸で、灰になるまで生きている、恋心はあると言うたという(笑)。
だから昔から変わらんですよ。永遠に変わらんですよ。それをどういうように分解というか、好もしい形で処理していくかということが問題ですな。人間からそういう心情をなくしたらいけませんな。
彩りでしょうな。それを美しく彩っていくかどうかということですね。

出典:「いつまでも恋心は大切」『女性自身』(昭和51年7月3日)

 

 

 
男女を問わず私たち人間はときに恋心を抱くもので、ある年齢を過ぎると、なぜか特定の人が気になるというようなことが起こってきます。いつのまにかその人を目で追いかけていたり、場合によっては気を引きたいがために優しくしたり冷たくしたり……。そしてそれは、淡い微かな思いの場合があれば、燃えるような情熱的で激しい場合もあります。いずれにせよ人間は、基本的に恋心を抱くように生まれついているわけです。
この恋心について、松下幸之助は次のように述べています。「歳を経れば恋心というものが芽生えてくるということは、人間の本質上そうなっているのであります。そこで男女が寄って恋を語るということになるのでございますが、この恋というものをいろいろ処理しなければならない場合が起こると思います。その処理する場合にあたりまして、この恋というものが、その人の私的なものであるか、公的なものであるか、ということです。これは私は、たいへん面白いというと語弊がありますが、慎重な考慮をせねばならないと思うのであります。両者が恋をしている、その恋心の処理ということにつきましては、これは神様が人間に与えられたものであるということを認識しているのと、自分勝手な恋心だという考えをもっているのとでは、おのおのその処理策が違ってくる。
私的にものを見るか、公的に見るかによって、はっきり差異が生じてくるといえると思うのです」
恋心が公的なものか私的なものかと問いかけるのは、非常にユニークな見方といえます。しかし、ただユニークなだけでなく、ここには重要な視点があるのではないでしょうか。なぜなら、恋心を私的なものと考えると、相手の気持ちがどうであろうとも自分の思惑だけを優先しようとしがちで、結局、他人にたいへんな迷惑をかけかねません。あるいは、恋心など自分の気持ちを乱す邪魔なものと無視し続ければ、人情の機微がわからない人になってしまうとも考えられます。一方、恋心が天与のものということであれば、おのずとその思いを大事に扱い、相手のことも自分のことも、よくよく慮った言動をとるようになるはずです。
もとより恋心は何歳になろうとも、自分の意思とは無関係にふと心の中に芽生えるものです。そうした恋心を、要は天与のもの、神様からの授かりものと受け止めてこそ、お互いの人生により豊かな彩りが添えられる、ということなのでしょう。

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