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英文修正 人生の後半を生きる

人生とは、一日一日が、いわば死への旅路であると言えよう。生あるものがいつかは死に至るというのが自然の理法であるかぎり、ものみなすべて、この旅路に変更はない。
ただ人間だけは、これが自然の理法であることを知って、この旅路に対処することができる。いつ死に至るかわからないにしても、生命のある間に、これだけのことをやっておきたいなどと、いろいろに思いをめぐらすのである。これは別に老人だけにかぎらない。青春に胸ふくらます若人が、来るべき人生に備えていろいろと計画するのも、これもまた死への準備にほかならないといえる。生と死とは表裏一体。だから、生の準備はすなわち死の準備である。
死を恐れるのは人間の本能である。だが、死を恐れるよりも、死の準備のないことを恐れたほうがいい。人はいつも死に直面している。それだけに生は尊い。そしてそれだけに、与えられている生命を最大に生かさなければならないのである。それを考えるのがすなわち死の準備である。そしてそれが生の準備となるのである。

出典:『道をひらく』

 戦国時代の中国を統一し、最初の皇帝になった秦の始皇帝は、徐福という人物を蓬莱の国(日本ともいわれる)に行かせ、仙薬(不老不死の薬)を持ってくるよう命じたと『史記』に記されています。天下を我がものとし、都合の悪い本は焼かせ、気に入らない学者らは皆殺しにする(焚書坑儒)など、自分に反するものを容赦なく葬り去った始皇帝でさえ、死から逃れる方法を必死になって求めていた。どれほど大きな権力、財を手にしようと、死が恐いということに変わりはないということでしょう。
また、紀元前五世紀頃にインドで生まれた仏教にしても、中心テーマのひとつは死でした。大雑把にいえば、悟りをひらくことを通じて、死しては生まれ、生まれては死ぬ輪廻の呪縛から自由になり、極楽に行くことがその究極の目的だったのです。つまり、誰しも死は恐ろしい。そこで、ある人は不老不死を求め、またある人は、死後に理想郷に行くことができると考えることで、死の恐怖から逃れようとしてきたわけです。
今日、科学技術が著しく進んで、かつては死を招く病も、薬ひとつで治すことができるようになりました。さらに、そのままであれば死んでしまう人でも、延命措置を施すことで何年も生きながらえさせることまでできます。平均寿命が延びてきているのは周知の事実でしょう。しかし、そうした驚くべき進歩がもたらされているにもかかわらず、すべての人がいずれ死の門をくぐらねばならないことには変わりありません。
また死後の世界については、今もって確実なことは誰もいえません。あると思えばある、ないと思えばないというしかない。要は、不老不死についても、あるいは恐れを取り除いてくれる死後の世界を見出すことについても、二千数百年、多くの人々が懸命な努力を重ねたにもかかわらず、ほとんど成果があげられないでいるのです。
松下幸之助は、そうしたいずれの行き方をもとりませんでした。死は死としてあるがままに受け入れる。死から逃れることはできない。その冷徹な事実から出発します。そして問題のポイントを、死ぬ準備に置き、さらに死ぬ準備とは生き抜くことにほかならないと喝破します。死を考えることは生を考えることであり、力の限りしっかりと生き抜くならば、死をあるがままに受け止めることができる、それが幸之助の訴えたいことだったのでしょう。
お互い死の準備はできているでしょうか。いい換えれば、どれほど真剣に悔いなく生き切るよう努めているでしょうか。

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