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英文修正 人生の後半を生きる

関東地区のナショナルタイヤ売出し招待会が、熱海に七百人のお得意先を集めて開催された。私の挨拶だが、固苦しいことは避け、日頃お引立のお礼を申しあげるに止めた。終って、興を添えるために、姉妹会社であるビクターから三人の歌手が来て歌った。私も客席からゆっくり聞かせてもらった。歌謡曲が若い人々の間で愛好されるのは知っているものの、なぜそんなに愛好されるのかその理由がよくわからなかったが、三人の歌をじっと聞いているうちに、若い人たちの気持が次第にわかってくるような気がした。殊に最後に歌った宮城まり子さんは、ゼスチュアたっぷりで、鮮やかなその歌いぶりに、私も知らず知らず心が軽くなり、何だか大変若がえったような気がした。私は自分ではそんなに老人だとは思っていないが、若い人から見ればやはり老人だろうし、従ってつきあいにくいところも多少はあるかも知れない。やはりたまにはこういう歌手にも接し、その歌を聞いて大いに若がえり、もっと若い人たちに好かれるようにしなければという気がした。

出典:『光雲荘雑記』(昭和37年2月20日)

古代ローマ時代の遺跡に「いまどきの若い者は…」という記録があるそうです。こうした話は、古代エジプト、古代ギリシャ、あるいは旧約聖書など、いろいろなところでいわれているそうで、おおもとの出典はわかりません。しかし、これに類する話は、おそらくはるか昔からいわれつづけてきたことでしょう。そしてたいていこの言葉のあとには、若者の非常識さや甘え、風俗の乱れなどについての批判がつづき、最後には自分たちの若いころはもっとしっかりしていたとの話で終わったに違いありません。一方、若い人は、年配者を何かといえば伝統だ、常識だ、礼儀だと口うるさく、昔の自慢ばかりしている時代遅れの人間と見なしている場合が多く、こうしたことも時代を問わずあまり変わっていないようです。しばしばジェネレーションギャップということをいいますが、先人らがずっと同じことをいい合ってきたと思うと、何となく親近感とともにほほえましいものを感じます。とはいえ、こうして対立するのが人間の本性であり、わかり合えないのは仕方がないとあきらめてしまうのは少々性急な結論です。たとえば、子育て一つにしても、昔といまでは子どもの発達についての新たな発見や社会環境の変化などから、少なからず方法が異なってきています。そのため、ともすると若い夫婦と年配の祖父母の間で、子育ての仕方に関して対立しがちになるのもわからないことではありません。しかしたとえそうではあっても、新しい育児、子育て論が絶対に正しいとは限りません。昔ながらのわが国の伝統的な子育て法にも深い意義があるはずです。また、情報過多や経験不足などで子育てに悩む若い親たちにとって、実体験に裏打ちされた年配の方々の助言や手助けは大きな支えになります。やはり、双方が歩み寄り、調和することが大切なのです。そのために、年配者としては具体的にどうすればよいかというと、まずは新しい時代の価値観、風俗などに積極的に興味、関心を持ち、そこにある若者文化から吸収できるものはどんどん吸収する。そしてそれらをみずからの若返りの力に生かしていくことです。そうすれば、なるほどこれは面白いと若者に対する理解も深まるでしょう。さらには、そうした人の周りにはおのずと若い人も集まってきて豊かな人間関係が築かれ、お互いに認め合い助け合う好ましい姿も生まれてくるでしょう。

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