LINEで送る

英文修正 人生の後半を生きる

私たちは、空気をはじめ、水、太陽など、大自然の限りない恵みを受けています。また、親や兄弟、先輩、同僚などの周囲の人や周囲の物、さらには先祖の遺産といったもののおかげで日々を過ごすことができているわけです。ですから、そういうものに対して、感謝の気持ちをもつことは、人としていわば当然のことであり、忘れてはならない態度だと思います。     ところが、人はとかくこれを忘れがちです。考えてみれば実にありがたいことであるにもかかわらず、そのことに気づかない。そのためにかえって不平や不満をつのらせ、気分を暗くしていることが少なくありません。結局、自分で自分の生活を味気なく、憂鬱なものにしてしまっているわけです。
感謝の心があって初めて、物を大切にしようという気持ちも謙虚な心も生まれてきます。また生きる喜びやゆとりも生じて、人と接する場合でも、いらざる対立や争いが少なくなりましょう。
感謝の心を忘れていないか自問自答してみる。そのことも、人生を生きる大切な心得の一つと言えるのではないでしょうか。

出典:『人生心得帖』

 

私たちの暮らしは、天の恵みはもとより、多くの人の知恵や助力によって成り立っています。たとえば水ひとつとってもそうです。聞くところによれば、人は一日あたり二リットルの水が必要だといいます。それがなくては命の維持が困難になるとのこと。そのきわめて大切な水は、もちろん人間が作ったのではなく天与のものです。そしてその水を水道やペットボトルで安心して手軽に飲むことができるのは、社会の多くの人の知恵や力のおかげでしょう。自分ひとりの力では、汚れた水を飲めるようするのも難しく、水道を配管して蛇口まで水を送ることなどとても不可能です。
水に限ったことではありません。そもそも私たちが息をしている空気も天与のもの。また、食料にしても、日の光や水だけでなく、海、空、大地といった大自然の恵み、そしてたくさんの人の努力がなくては得られません。このように冷静に顧みれば、いかに私たちがたくさんの力で支えられているかがわかります。おのずと感謝の心も湧いてくるのではないでしょうか。
ところが近年、こうした天与の恵みや人の助力に対して、それは当然のことだと考える人が増えているきらいがあるようです。〝料金を払っている以上、蛇口から水が出るのは当たり前だ。感謝するほどのことはない〟。あるいは便利な機器の恩恵を受けても、〝自分の力で得たお金で買ったのだから、いわば自分のおかげだ〟というように、何につけても他への感謝の心を抱かず、自分の当然の権利と見なします。さらには少しでも思うようにならないとなると、腹を立てて他を非難することさえ少なくありません。
これではどんなにすばらしい恵みが与えられていても、また人の知恵や優しさによって助けられていても、不足や不満ばかりが募ることになってしまいます。普通なら感謝の心が湧きあがり、そこから喜びや幸せを味わうことができるにもかかわらず、それらが得られなくなってしまうわけです。お互いの人生において、これはたいへんもったいないことといえるでしょう。
豊かな人生、喜びあふれる毎日、幸せな人生を送るために、自分がどんなに多くの天与の恵み、人の知恵や助力のおかげで生きているかをいま一度しっかりと肝に銘じ、感謝の心を常に忘れないようにしたいものです。

LINEで送る