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英文修正 人生の後半を生きる

人生というものは、まったく予想のつかないものです。きょう順風満帆のように調子がよいと喜んでいても、あすは思いもしないことが起こって、失意に泣くということが往々にしてあります。神さまからご覧になれば、ひとりひとりの一生は、あたかもレールの上を走る電車のように、ちゃんときまっているのかもしれない。しかし、あなたもわたしもそのことがわかりません。まるで、ひどい濃霧のかかっているなかをのろのろ運転しているようなものです。しかし、たとえ三センチ先がわからなくても、わたしたちはわたしたちなりの努力をしなければならない。人事をつくして天命を待つといいます。なににつけても、みずからの最善をつくして生きていくことが、人間としての尊い姿だと思います。そうすることが、悔いのない人生というものでしょう。悪いときが過ぎれば、よいときが必ずやってくる。ですから、春を待つ桜の姿のように、じっとしんぼう強く時期を待つことがたいせつなのです。

出典:『若さに贈る』

 

〝人生は禍福をあざなえる縄の如し〟といいます。良いことばかりということもなければ、悪いことばかりということもありません。まさに山あり谷ありが人生の旅路といえるでしょう。
こうしたことは、お互い知識としてはよく理解しています。物事の道理であり、異議を唱える人はまずいないでしょう。ところが、いざ自分自身に悪いことが起こると、人は少なからず自分は運が悪い、もうこれでお仕舞いだなどと思い込みがちです。さらに志に反するようなこと、思うようにならないこと、都合の悪いことが重なりでもしようものなら、ついには自分はしょせん苦しみばかりの人生を送るように運命づけられているなどと勝手に悲観し、とことん落ち込んでしまうことさえあります。悲観のあまり意欲を失うようなことになれば、困難を打開する道もなかなか見出せません。これも人情の一面だからいたし方ないともいえますが、それで済ましてよいものかどうか。
どれほど厳しく寒い冬も、必ず春を迎えます。寒さに凍え、飢えに苦しんだ命も、いっせいに生き生きと活動を始めます。木々や草花も、寒さに耐えつつ蓄えていた力を一気に解き放ち、モノトーンだった冬の風景を彩り鮮やかな春の風景に変えてゆきます。永遠に続く冬などないことを、繰り返し肝に銘じておく必要があるのではないでしょうか。
その上で、決して忘れてはならないのは、厳しい冬にあっても、すべての命は春に向けて着々と力を蓄えているという事実です。ただじっと耐えているだけではありません。春がきたならば、溢れんばかりに新しい命をこの世界に生み出すことができるよう、怠ることなく準備を進めているのです。待つべきときはじっと待つ。そしてその中で逆境をチャンスに変えるための準備を進めていく。そうした行き方こそが、人生により大きな実りをもたらすに違いありません。
このように考えると、困難や逆境は、実りや順境へ通じる喜びの道になるともいえます。困難だから、逆境だからと厭うことはありません。それ自体が、長い人生から見れば、楽しみや喜びになるのです。松下幸之助はしばしば「好況よし、不況さらによし」と言っています。順境も逆境もいずれも楽しみとし、お互いこのすばらしい人生を、朗らかに笑顔で歩みたいものです。

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