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 昔は、自分で大いに学びたいと考えても、そのための適切な機関というものがきわめて乏しかった。しかしその中でも、困難をのり越えつつみずから研鑽し、優秀なものを生み出した人も数多くある。
たとえば発明王といわれるエジソンもその一人で、彼にはだれも教えてくれる人がいなかったが、自分でいろいろと事物を観察し、そこに指導者を見出したという。“心して事物を見てゆけば、万物ことごとくわが師たらざるはなし”である。
その点、今日はまことに恵まれており、学ぼうと思えば、その機会は容易に得られる。あとはその人の志次第ということではないだろうか。

(「自主的な熱意を」『思うまま』)

 

今日、日本はたいへん優れた教育環境を備えています。どこに住んでいても、一定水準の義務教育を受けることができます。状況が許せば高等学校や大学、専門学校等でより高いレベルの教育を受けることもできます。また社会に出た後でも、通信教育等を通じて働きながら新たな資格を取得でき、機会に恵まれるなら新たな仕事に転職することさえ難しいことではありません。日本人はみな、たいへん充実した教育環境の中にいるわけです。

しかしこうした恵まれた環境も、それを生かし、活用しようとする意欲がなければ何の価値もありません。“馬を水辺につれていけても水を飲ませることはできない”ということわざがありますが、どれほど立派な校舎、教科書や教材、カリキュラム、教師がそろっていようと、本人に学ぶ意欲がなければ、知識や技術、能力を高めることはできないでしょう。教育環境はもちろん大事ですが、それ以上にやはり本人の学びに対する意欲や熱心さが重要だと言えます。

さらに言えば、たとえ教育環境が整っていなくても、学ぶ意欲が十分に高ければ、さまざまな気づきを得ることができ、新たなことを次々に吸収して身につけていけるにちがいありません。「門前の小僧習わぬ経を読む」と言いますが、学びたいという強い思いがあればかすかに聞こえる声からでも、難しい教えを習得することができるのです。またリンゴが落ちるというごく日常的な現象からでさえ、大発見をすることもできます。いずれも誰かが教えてくれたわけではありません。強い意欲、学びに対する熱意のもとで、身の回りのさまざまなことから実に多くのことを学びとっているわけです。まさに“万物ことごとくわが師たらざるはなし”になると言えるでしょう。

昔から日本は、教育にたいへん力を注いできました。特に江戸時代中・後期に入ると、僧侶や公家、武士に留まっていた教育が、寺子屋という仕組みを通じて一般庶民にまで及ぶようになりました。こうした土台があればこそ、日本はいち早く西欧の技術を吸収し、明治維新を成し遂げるとともに驚くべきスピードで先進国の仲間入りを果たせたと考えられます。

戦後の復興に際しても教育がきわめて大きな役割を果たしました。のちの高度成長期を支えたのは、国民の尽力により全国津々浦々に設立された学校から巣立った人材の力があればこそです。我が国の恵まれた教育環境は先人のたゆみない努力のおかげ。自然と頭が下がります。

繰り返しになりますが、いずれの場合も、ただ教育環境が整っていただけで大きな成果が生まれたわけではありません。日本の未来を憂う気持ちが、強い意欲、熱意となって学ぶ力を高めていたという点を決して見逃してはならないでしょう。幕末には全国に実に様々な分野の私塾があり、多くの若者がその門戸をたたき、日本の発展の原動力になっていきました。

もちろん意欲や熱意が大事だとはいっても、整った教育環境が不要というわけではありません。

世界に目をやると、いまなお学校に行きたくても行けない子どもが5800万人もいるそうです。教育環境が整っていないために教育を受けることができなければ、読むことも書くことも計算もできません。当然、良い仕事に就くことができず、日々の暮らしはなかなか豊かにならない。特に学校という専門の教育機関を経なければ、警察官になりたい、教師になりたい、医者になりたい等の夢を抱くことさえままなりません。学校という施設、教材や教師の充実等、教育環境はやはり欠かせないものなのです。

松下幸之助は、小学校を中退したため十分な学校教育を受けることができませんでした。しかし、少なくとも最低限の読み書きはできました。さらに大阪電灯に勤めていたときには、夜学に通っています。それらを基礎としつつ、奉公先の店主や先輩の教えに学び、縁のある多くの人の生き様や考え方に学び、ありとあらゆる機会を自らの成長につなげていったのです。そのおかげで、経営の神様と称せられるまでになったと言えます。その成長には驚嘆するばかりです。基礎を形作った学校という教育環境と、学ぶことへの強い意欲が、松下の絶えざる成長を支えたといって決して過言ではないでしょう。

全国PHP友の会は、長年にわたりフィリピンのプゴ村を支援してきました。学校の建設にもかかわったので、PHPビルディングと書かれた校舎まであります。加えて、会員らが奨学支援を通じた里親になることで、多くの子どもたちが教育を受ける機会を得、そこで熱心に学んだ子どもたちが社会に出ていきました。その成果として、フィリピンで最貧だったプゴ村が何とこの十数年で下から二番目になったとの報告を受けています。教育によってより良い仕事に就くことができ、着実に経済的に豊かになっているのです。

世界の教育の実情に触れるにつけ、きわめて恵まれた社会、環境の中で生を享け、当然のように学校教育を受けている私たちは、お互いにもっと学ぶことに熱意、意欲を持ち、たえず社会人として、人間として成長し続ける責任があるのではないかと思います。そしてそこで得た力を存分に発揮し、それぞれの人生を豊かで充実したものにするだけにとどまらず、世と人の繁栄、平和、幸福に貢献することが強く求められている。また、それが私たちの志でなければならないように思えてなりません。

皆さんはいかがお考えでしょうか。

経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

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