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お釈迦さまは、“人を見て法を説け”と言われたそうだが、人を見て言うべきことを変えるのは、よほどの知識、体験と余裕がなければできるものではない。
われわれ凡人は、お釈迦さまには及ぶべくもないが、しかし、凡人は凡人なりに、あたかもダムに水をたくわえるように、常に知識と体験を積みつつ、心の余裕を養ってゆくことが大切なのではないだろうか。

(「ダムのように」『思うまま』)

 

この世には天才と呼ばれる人たちがいます。しばしば耳にするのは研究者やアスリート、芸術家でしょうか。驚くような発見、発明をし、記録をつくり、作品を生み出しています。そのほかにも、建築家、料理人、陶芸家、あるいは経営者やセールスマン、投資家、さらに宗教家、教育者などに天才と称される人たちがます。仕事の内容や成果の形は異なるにしても、話力、文章力、画力、記憶力、思考力、あるいは想像力、創造力、また人の心に寄り添う力、人を惹きつける力等、多様な資質においてたいへん優れた面を持っているということがわかります。凡人にはなかなか真似ができません。

松下幸之助が取り上げた例について考えると、“人を見て法を説く”には相手の言語力、理解力、熱意などを見抜くとともに、その理解力に応じた言葉を選び、適切な話し方をし、ゆとりをもってうまく説明できる力が必要となります。一つでも力が及ばないところがあれば、適切に考えや思いを伝えることはできないにちがいありません。きわめて難しいことです。しかしそれができるのが天才の天才たるゆえんと言えます。そして私たちの今日の暮らしは、少なからずそうした天才と呼ばれる人たちの成果で成り立っています。

例えば衣類一つにしても、今日は保温保湿性の高いものがあれば、逆に放熱に優れ、汗を吸収、すぐ乾いてしまう機能の高いものまであります。またそれを洗濯するための優れた洗剤があり、洗うとともに乾燥させる洗濯乾燥機が容易に手に入ります。さらにそれを動かすのは電気の力で、電気は発電所で生み出され……あらゆるところに驚くべき発明、発見、技術が生かされており、天才と言われる人の力がなくてはならないということは言うまでもありません。

とはいえ、そうした天才の力だけで今日の社会がすべてできあがったと考えるのは早計でしょう。秀才が多少いるとしても、絶対的多数は普通の平凡な人々です。実際には、そうした普通の、平凡な人の力なくして今日のような豊かで便利で文化的な生活は実現していないと考えられます。

優れた繊維が開発されたとしても、それを製品にするための織機が必要であり、その織機を動かす人が必要であり、さらにそこで織られた生地を使って衣服に仕上げる人も必要です。天才的な発明があったとしても、それを社会に役立つようにするためには普通の平凡な人々の弛みない創意工夫、努力が欠かせないのです。

今日盛んに生かされている最先端のAIやIT関連の技術にしても、人々の暮らしに生かせるのは、普通の平凡な人々の努力のおかげです。その技術についてのアイデアを生み出した天才がいたところで、それを形にし、生かすために働く平凡な人たちがいなければ“宝の持ち腐れ”ということになってしまいます。

音楽や絵画の世界ではそうしたことがさらに顕著な気がします。どれほどきわだった作品が天才によって生み出されたとしても、それらを鑑賞し、評価する普通の人々がいなければ歴史の中にただ埋もれてしまうだけでしょう。過去の天才的な芸術家らの作品が、死後になってようやく評価されたケースが少なくないのも、普通の平凡な人々の感じる力や審美眼が作品に追い付かなかったからとも考えられます。

つまり、天才が生み出したものを社会の役に立てることができるかどうかは、私たちのような普通の平凡な人の努力次第であり、それだけに普通の人、平凡な人には大きな責任があるということができるわけです。

決して普通の平凡な人間だからと創意工夫、努力をしなくよいということにはなりません。むしろ天才を生かすかどうか、ひいては社会に進歩発展をもたらすことができるかどうかは、私たち一般の平凡な人次第。ぼんやりと過ごすわけにはいきません。

私たち平凡な人々が、一段、二段とレベルを高めていく。新たな知識を熱心に吸収し、技術を高め、体験を重ねて50点の凡才から60点の凡才になる。一人ひとりが10点ずつ力を高めることができれば、全体としてはたいへんな力になります。場合によっては、一人の天才に近づくほどの力を発揮することさえできるかもしれません。

私たちは皆現状に甘んじていてはいけないように思います。たえず学び、成長し、お互いの幸福を高め合うとともに社会の進歩発展を実現するために力を尽くす。さらにその働きを通して、未来の人類社会をより輝かしいものに高めていく責任があるのです。さらに言えば、お釈迦様にはなれなくても、お釈迦様のような人をこの世に生み出す力の一助になることはできるはずです。

もちろん天才も欠かせませんが、凡人には凡人としてのなさなければならないことがあると思うのですが、皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

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