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処世の道はいろいろあろうが、“たえず自問自答する”ということが非常に大切ではないかと思う。
何をするにしても、自分にそれにふさわしい力が備わっていなければ失敗する。だから、自分というものをよく見つめて、自問自答をくり返し、そして自分の力を知って無理のない姿で事を進めてゆく。
そこから、失敗も少ない、好ましい歩みが生まれてくるのではないかと思うのである。

(「自問自答」『思うまま』)

 

中国の古典『孫子』に、「彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し」とあります。しばしば勝負の極意として、自分の力量を知る大切さを説く際に引用されています。真実をついた言葉はいつの時代でも通用するものなのでしょう。

しかし、自分の力量を知る大切さは理解できても、言うは易し行うは難し、なかなか思うようにはできません。過去の体験や先入観、自尊心や私欲私心にとらわれ、成し遂げる力があるにもかかわらず、できないと自分の力量を過小評価してみたり、成し遂げる力がないにもかかわらず、自分の力をもってすれば難なくできると過大評価してみたりすることがしばしばです。結果的にせっかくのチャンスを逃したり、失敗しなくてもよいことで失敗してみたりと、自ら思うに任せない事態を招くことになります。

それではどうすれば自分の力量を適切に把握できるのでしょうか。第一に大事なのは自分自身で自らを顧みることでしょう。もっとも、その際に忘れてはならないのが過去の体験や私欲私心にとらわれないことです。できるかぎり冷静客観的に自分自身を眺めてみる。もっともそうはいってもどうしても私欲私心に引きずられがちになります。無心に自分を見つめるのはそう簡単にできることではありません。抑えているつもりでも気が付くとあるがままの自分を見失っています。そのため、“ほんとうにこれが自分の力量か”と何度も自問自答を繰り返すことが大事になります。

“自分の力は80点だと考えていたが本当にそうか。もしかしたら過大評価してはいまいか”“さっきの判断は正しかっただろうか。少々自分の感情にとらわれていたのではないか”“以前もうまくいったから今回もうまくいくと考えているが、時代も状況も異なっている。同じようにはいかないのではないか”と、幾度となく自問自答を繰り返す。そうすることで、ブレ幅を小さくし、自分の力量をできるだけ適切につかむようにするわけです。自問自答はきわめて大事な方法であり、常に心掛けるべきだと言えます。

とはいえ、自分で自分を診断している限り、まったく客観的というわけにはいきません。何度も自問自答を繰り返し、修正を加えるとしても、気がつかないうちに私欲私心に振り回されていることがあります。つまりわずかでも自分の力量をゆがめて理解してしまうことになる。これを避けるために、第三者、他人に自分のことを評価、診断してもらうというのがもう一つの方法となります。

第三者であれば、より客観的に自分のことを見てくれるでしょう。そこには自分に対する甘えが入り込みませんから、時には辛辣な厳しい指摘があるかもしれません。しかしそれでもそうした声に謙虚に熱心に身を傾け、自分自身を適切につかむよう心掛けるならば、よりミスや失敗は少なくなるはずです。さらに何人もの第三者に意見を求めるならば、一層正確で妥当な評価を教えてくれるでしょう。

しかし、そうした第三者たちのアドバイスも絶対ではありません。第三者は第三者なりに体験や先入観、偏見、私欲私心を抱えています。そのため、評価の中にはわずかであっても、偏りやゆがみが入らないとも限りません。神ならぬ身の自分であり第三者です。こればかりは致し方ないことでしょう。でもこうしたことを言っていると、いつまでたっても決断が下せなくなり、躊躇逡巡するばかり。失敗をしない代わりに成功もありません。最後の最後は自分自身で決断を下す。そうした自主独立の気概が欠かせないと言えます。

自問自答し、第三者に意見を求め、最後に自ら冷静に決断し、行動する。こうしたことを心掛けていくならば、ミスや失敗は限りなく小さくなるばかりか、着々と成果、成功を積み重ねていくこともできるのではないでしょうか。

お互いに自分自身を適切に把握するよう常日頃から心掛けたいものです。

経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

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