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人間の心というものは、孫悟空の如意棒のようなもので、かぎりなく大きくもなり、また反対に小さくもなる伸縮自在のものだと思う。たとえば、恐怖を抱いたり、悲観をした上でものを考えると、心が萎縮して小さくなり、出すべき知恵、出るべき創意工夫も出ないようになってしまう。
しかし、たとえ非常な困難にぶつかったとしても、“なにくそ、やればできるのだ”というように考えて、その困難に人一倍の努力をもって対処してゆけば、心も自然に大きくなってくる。その大きな心からはすぐれた創意工夫も生まれやすく、そこからその困難をのり越えることも可能になってくるであろう。

(「孫悟空の如意棒」『思うまま』)

 

現代の日本では、心が委縮したり悲観的に考えがちな人が多くなっているように思います。それは心の機能不全である精神疾患にかかる人が増えている点からも推測できます。

精神疾患を有する人の総数は、平成29年のデータでは419.3万名。そのうち、しばしば耳にする躁うつ病といった気分障害が127.6万名、神経症性障害、ストレス関連障害などが83.3万名で合わせて210.9万名。ほぼ半数を占めています。しかもこの数は年々増加しており、大きな社会問題になっています。以前まで精神疾患は特殊なものと見做されていました。しかし近年ではごく身近なものとなっています。たとえばうつ病などは、15人に1人が生涯に1度はかかる可能性があるそうです。そのため多くの職場でそうした人が見受けられるようになっていますし、自分自身そういう傾向だという人もいるのではないでしょうか。有名人の中にも精神疾患だったと発表している人が少なくありません。

もとより心が元気で本来の働きをしなければ、意欲を失うばかりか些細な困難にもくじけやすく、知恵を絞って難局を乗り越えていくことはできません。心が病む人が増えるというのは、ただ一個人の問題に留まらず、組織、企業、社会、さらには国家の盛衰にも関わってきます。

たしかに私たちは高ストレスな社会で生きています。これは容易に変えることができるものではないでしょう。そうであれば、どのようなものの見方、考え方で生きていけばよいのかについて学び、備える必要があります。

私たちの心は激しいストレスや困難に委縮し、悲観的になってしまいやすいという一面もありますが、他方でどれほどの苦難にぶつかり、辛酸をなめようともくじけない力ももっています。その違いはどこにあるのでしょうか。

いかなる困難にもくじけない強靭な心というと鉄のごとく揺るぎのないものと考えられるかもしれません。しかし鉄のように固いものは、その強さを超えたものにぶつかると簡単に捻じ曲げられ、折られやすい一面があります。つまり真の人の心の強さとは、喩えるならば柳の枝のような柔軟さにあるのではないでしょうか。いくら強く激しい風雨であろうとも、柳はそれらを上手に受け流すことで嵐を耐え忍んでいます。私たちの心も、実はそうした柔軟さにこそ真の強さがあるように思えます。松下幸之助はその著書『道をひらく』の中で、「富士山は西からでも東からでも登れる。西の道が悪ければ東から登ればよい。東がけわしければ西から登ればよい。道はいくつもある。時と場合に応じて、自在に道を変えればよいのである。一つの道に執すればムリが出る。ムリを通そうとするとゆきづまる。動かない山を動かそうとするからである。そんなときは、山はそのままに身軽に自分の身体を動かせば、またそこに新しい道がひらけてくる」と述べています。一つの道に執着し、“もうどうしようもない”と思い悩むばかりでは心が耐えきれず、それこそ病んでしまいます。大事なのは柔軟なものの見方、考え方です。そこに困難をも乗り越えていく力が潜んでいるにちがいありません。

続けて松下幸之助は「われわれはもっと自在でありたい。自在にものの見方を変える心の広さを持ちたい。何ごとも一つに執すれば言行公正を欠く。深刻な顔をする前に、ちょっと視野を変えてみるがよい。それで悪ければ、また見方を変えればよい。そのうちに、本当に正しい道がわかってくる」と語りかけています。

私たちの心は、ともすると私利私欲や先入観、偏見、こだわりやとらわれ、あるいは不安や恐れなどによって固くなってしまう。スポーツ選手などはケガをしないよう体の柔軟性をたいへん大事にしているそうです。同じように心が固くなってしまっては思わぬ失敗やミスをしたり、心を病んでみたりします。お互いに、何ものにもとらわれない柔軟な心であるよう気持ちを大きく持って歩んでいきたいものです。

経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

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