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若い人びとは今後の人生においていろいろな困難に出会うであろうが、大事なことは、それらをすべて善意に解釈するというか、自分にとってよき修業の過程を与えられたのだと考えることではないかと思う。
そのように考えて、どのような困難にもいたずらにおびえることなく努力を続けるならば、そこからしだいに道がひらけてくるであろうし、その困難自体が自分を育てる一つの糧ともなってくると思うのである。

(「善意に解釈する」『思うまま』)

 

人生の途上には、大小さまざまな困難が立ちはだかっています。苦しいことやつらいことがまったくない人生はありえないでしょう。それらを一つまた一つと乗り越え、歩み続けていく。そうしてはじめてお互いの人生は充実し、幸せを招き寄せることができるわけです。難儀なことですが、これは誰しも認める考え方だと思います。

大切なことは、そうした困難に際し、私たちがどう解釈しどのように対処するかです。解釈の仕方によって対処方法は変わってきます。対処方法が変われば当然結果も変わってきます。さて、それでは困難にぶつかったとき、私たちはどのように考えればよいのでしょう。

ある人は“どうしてこんな困難がふりかかってきたのか。何と自分は運が悪いのだろうか”と考えます。すべて自分の運のなさに原因を求め、くよくよ思い悩みます。しかしどれほど思い悩んだところで決して道は拓けません。それどころか気分は滅入り事態が悪化しかねません。困難にぶつかったことを運の責任にしていては何も解決しません。

このことは運に限らず他の人や社会に原因を求めても同じことです。“こんなことになったのは彼のせいだ”“こういう事態を招いたのは社会が悪いからだ”といくら叫んだところでどうなるものでもありません。大事なのは、他に原因を求めるのではなく、困難な事態に至った原因の一端は自分にもあると解釈し直し、どこをどうすればよかったかを反省して今後の取り組み方に反映させることです。

また、困難についての考え方、見方を大きく転換することも欠かせません。例えば多くの人は、困難を好ましくないもの、嫌なものと考えがちです。そのため困難にあうとついつい悲観的になり、物事をすべて悪いように考えがちです。それでは良い知恵は生まれません。もとより困難を乗り越えていくことができず、その壁の前で立ちすくむことになりかねないでしょう。

そもそも物事には良い面があれば悪い面もあります。困難であってもそれは同じです。どうしても悪い面、思うに任せない面ばかり気になりますが、むしろこの場合、困難の良い面を探してみるということが大切なのではないでしょうか。

松下幸之助は「好況よし、不況またよし」という言葉を残しています。その理由として次のように説明しています。

「どんな人でも毎日おいしいものを食べていると、そのありがたみが分からなくなる。それと一緒で、うまくいっているとどうしても安易になる。人間の弱いところです。そこへパッと不景気が来ればガタンとなる。ですから、三年に一ぺんぐらいちょっとした不景気が来る、十年に一ぺんぐらい大きな不景気が来る、ということは、かえって身のためだともいえるのではないでしょうか」

普通であれば不況は嫌なものであり、できれば避けたいところでしょう。ところが松下は、そうした不況があればこそ、気の緩みや仕事の進め方の見直しができるというのです。なるほど私たちは調子がいいと油断しやすく、その油断から大きな失敗を招くことが少なくありません。油断しなければいいと簡単に言うことはできますが、そこまで自分をしっかりと御することができる人はまれでしょう。やはり困難は、自分を省みるありがたい機会と考えられるわけです。

このように困難はチャンスと考える。困難で学ぶべきこと、できることが必ずある。要はプラス思考でいることが大切なのです。そして意欲を高め、果敢に挑んでいく。そうすれば結果も自ずとついて来るのではないでしょうか。また困難な事態を乗り切ったという体験は大きな自信ともなります。その体験を通して、さまざまな知恵や工夫を生み出す力も養われます。つまり、困難を乗り越える体験は、自分自身を大きく成長させる機会にもなるのです。

経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

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