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人生を楽しみなさい。方法は決して難しくはない。

心構え、精神の持ち方を変えると、全てが変わってくる。

自己を信じ、自分の隠れた能力を信じてたゆまぬ努力をすれば、

あなたの人生にバラ色の奇跡が起こる。

(教育家・牧師 ジョセフ・マーフィー『マーフィー名言集』)

 

仏教では、「生・老・病・死」を四苦とし、教義の根本理念に据えています。生まれること、老いること、病にかかること、死ぬこと、畢竟、人生は苦しみでしかないと悟ることが仏教の第一歩とされます。

たしかに生きていくことは苦しみの連続かもしれません。艱難、逆境、苦難にぶつからない人生はありません。孤独に喘ぎ、悲しみに暮れ、やり場のない怒りや恨み、妬み、悩みなどで心がかき乱されることも決して少なくはないでしょう。戦国武将の徳川家康が、「人の一生は重き荷を負うて遠き道をゆくがごとし。いそぐべからず」という言葉を遺したそうです。恐らく洋の東西を問わず、また時代を超えて、人生はきわめて難儀で苦しいものと考えられてきたに違いありません。

しかし、もし仮に人生がただ苦しみでしかないのであれば、私たちにとって生きることに何の意義があるのでしょうか。私たち人間は他の動物とは異なり、自ら命を絶つ力を備えています。場合によっては、苦しみの中で高邁な思想や宗教に救いを求めつつ生き続けるよりも、むしろ自ら命を絶つ選択をしたほうがどれだけ簡単かわかりません。

ところが、たとえ事実がそうだとしても、人生を投げ出すことは容易ではないでしょう。第一に、私たちには死に対する恐怖が備わっています。死ぬのが怖いのです。この感情は生まれ持ったもののようで、それをねじ伏せてまで死を選ぶのはよほどの理由があり、状況が切迫しないと無理です。名僧として名高い一休宗純禅師の最後の言葉が“死にとうはない”だったそうです。かの一休禅師でさえそうであれば、私たち凡人ではなおのことではないでしょうか。

また自ら死を選択することは、社会的な通念として好ましくないものとされ、宗教上でも固く禁じられています。自死は、家族をはじめ友人、知人、社会に多大な迷惑をかけます。宗教の教義によっては地獄に落ちるとされています。多少なりとも周囲の人に配慮する心があり、信心深い人からすれば、自ら命を投げ捨てることは人生において選ぶことができない選択肢に思います。

さらに私たちの人生は、苦しみだけで覆われているわけではありません。そこには少なからず喜びや楽しみ、快楽が散りばめられています。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」というように、苦しい事柄も、過ぎ去ってしまえばその苦しさを忘れてしまうのが人情です。まして熱さがなくなるだけでなく、そこに達成感や自己肯定感、喜び、生きがい、幸福感などを味わってしまうとなれば、人生はとても素晴らしいとさえ考えてしまうでしょう。

冷静に仏教の教えに耳を傾ければ、恐らく“一切皆苦”は真実ではないかと私には思えます。たしかに達成感、自己肯定感、幸福感等は喜びです。でも、喜びを知ってしまったところから、苦しみの谷の底に突き落とされたときの絶望は、より一層深いものになるはずです。加えて目の前にニンジンをぶら下げられては、生への執着もかなり強くなります。そしてその分だけ死に対する恐怖はますます高まるに違いありません。期待を持たせられるだけ持たせられたあげくに成し遂げられなかった時の落胆、苦しみは、きわめて深く激しいものになることは誰しも体験したことがあるのではないでしょうか。

“禍福あざなえる縄のごとし”の人生の中で、有頂天になったりこれ以上はないというほどの苦悩に陥るわけです。たとえば溺れている状態かもしれません。一息できたと思った直後にまた水の中に沈んでしまって息ができなくなる。それがずっと続くのです。幸福感や喜びが、実は人生の苦しみの一部をなしているとも見なせます。何とも残酷な話です。

苦しくても死を選ぶことができず、何としても必死に生きていかなければならない。きわめて残酷なゲームであっても降りることは許されない。生き抜くしかない……。とすれば私たちには何ができるのでしょうか。ただ人生に翻弄されながら、こうした運命に私たちを産み落とした天に唾するしかないのでしょうか。しかしそれではあまりに悲しすぎます。

そこで今回の名言につながるのです。苦しみを楽しみに、喜びにしようではないか、またそれは決して難しいことではないとマーフィーは断言します。言い換えれば、一切皆苦を一切皆楽に転じようということです。

ものの見方考え方次第でどのようにでも感じることができるのが人間の面白いところです。例えば、汗し息を切らして山を登ることを喜びとする人がいます。私のようにつらいのは嫌だと思っている人からすれば苦でしかない登山が、ある人たちにとっては喜びになっているのです。こうしたことはあらゆることに通じる気がします。逆境は嫌なものですが、それにしても人によってはそうした苦しい時ほど勇気凛々と意欲がわいてくる。そして逆境を乗り越えたときに無上の喜び、人生を全肯定できるといいます。

こうしたことは松下幸之助も同様でした。自らのものの見方、考え方を柔軟に変えつつ、多くの苦難の中に喜びを見出し乗り越え、人生は素晴らしいとプラスの視点で物事を受け止め続けたのです。

つらく苦しいことはたくさんありますが、柔軟な心、プラス思考に徹して、一切皆楽の人生を歩むようになりたい。お互いに天与のこの命、預かったこの人生、少しでも楽しく幸せに過ごしていけるよう努めていきましょう。そうすれば“死にとうない”ではなく、“まあ悪くない人生だった”と言い遺せるかもしれません。

経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

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