LINEで送る

IMG_0164

生きることの最大の障害は期待をもつということであるが、

それは明日に依存して今日を失うことである

(ローマ帝国の政治家、哲学者、詩人 ルキウス・アンナエウス・セネカ『人生の短さについて 他二編』)

 

将来に対する期待や希望があれば、おそらく私たちは苦労を乗り越え、逆境に耐え、力強く人生を生き抜いていくことができるのではないでしょうか。この壁を乗り越えればきっと良い成果が上がるという見通し、今日より明日は素晴らしい日になるという予感、わずかでも夢の実現に近づいているという手ごたえなど、それらはしばしば多くの人に立ち上がる勇気を与え、大地を踏みしめ歩み出す後押しをしてくれるように思えます。

一方、明日はもとより将来に何の期待も希望も持てないとなれば、人はその場にへたり込んでしまうかもしれません。明日だけでなく今日についてさえ何の思いもなく、感じず考えず漫然と時を過ごすことになるわけです。それでは尊い天与の命、人生を無駄にしてしまうことになります。

もちろん期待や希望などなくても元気に日々を送っている人もいます。何事にもとらわれることなく毎日の生活でなすべきことを淡々と笑顔でなしている人たち。他人から何と言われようと意に介さず、日が昇れば起き、食べるべきときに食べ、笑いたいときに笑い、泣きたいときはなく。他人と自分を比較することはなく、与えられたもの、持っているもので何ら不満を持たない人。仏教的に言えば悟りを得た人とでもいうのでしょうか。もっともそういう人は例外中の例外です。

私たちが生き生き元気に楽しく、力強く生き、天与の命を最後の最後まで燃え上がらせていく。そのためには、やはり期待や希望、夢や志というものが欠かせないと言ってよいでしょう。

しかしこのことをよく考えてみると、期待や希望はときに大きな失望や絶望の原因になります。

そもそも人生は思うに任せないことばかりです。思い描いた結果になるほうがまれで、期待外れに終わることがほとんどでしょう。希望についても、どんなに努力しても叶わないほうが多いと言えるでしょう。そのため私たちは度々がっくりと肩を落とし、失望することになります。失望で留まればまだましで、ひどいときは絶望に陥ってしまい、結果として生きる気力まで根こそぎ奪われかねません。

期待や希望をもつことは生きるために大切です。しかしそれがかえって人を苦しめることにもなる。そのため中には初めから期待も希望も持たないようにしているという人もいます。気持ちはわからないでもありませんが、それでは失望や絶望はなくなるとしても人生の喜び、楽しみも得られません。

とても難しいことですが、やはり期待や希望を持ちつつ日々努力する。結果が思わしくなくとも、それも人生の修行の一面と受けて止め、新たな期待、希望に向けて力を尽くす。その過程の中で多くのことを学びつつ、山あり谷ありの人生をじっくりと味わいながら元気に明るく歩み続けることが大事なのだろうと思います。

さて、セネカは期待することは今日を失うことだと言っています。つまり明日に期待や希望をかけるというのは、今日という日、いまというこの瞬間を諦めていることだと考えることができます。いまに全力を傾け懸命に取り組んでいれば、明日のことを考える余裕はありません。おそらくセネカは、明日に期待するという言い訳をして、今日という日の喜びや楽しみ、幸せ等を断念するのはおかしいと言いたいのだと思います。

禅宗の世界でも、今日を精一杯生きることこそ大事だとしています。「日々是好日」「一期一会」など、刻一刻の大切さを訴えた言葉、逸話がたくさんあります。「明日のことは明日が考える」という言葉もあり、世界的にいまという瞬間に全力で向き合うことがしばしば訴えられています。

私たちの人生は、いま、この瞬間の積み重ねです。それらが幾重にも編み込まれて人生模様、歴史ができています。決してどんな場合であろうと、一刻一瞬たりとも無為に過ごしてよい時間はありません。

刻一刻のいまが勝負の人生。全力を尽くし情熱をもって生きる。その上で、いまにも明日にも遠い将来にも、期待を寄せ、希望を掲げて生き抜いていく。人生の真の充実、人生を味わい尽くすコツはここにあるのではないでしょうか。

 経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

LINEで送る