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上善は水の若(ごと)し。水は善く万物を利して争わず、

衆人の悪(にく)む所に処(お)る、故に道に幾(ちか)し。

(中国春秋時代の思想家・老子『老子』)

 

多くの人が“善く生きたい、暮らしたい”と願っているのではないでしょうか。しかし思う通りにいかないのが人情の一面です。後悔したり恥じたり悩んだりしながら日々を送っているのが、私たちの実際の姿ではないかと思います。

“善く生きたい”と望みつつも成し遂げられないのは、具体的な方法がわからない、知らないからかもしれません。どうすれば善く生きることができるのか、暮らしていけるのか、何一つ学んだり見聞きしたりしていなければ手の打ちようがありません。また一方で、数多くの先哲諸聖の教えを耳にし、理解していたとしても、常に心掛けつつ真剣に実践しなければ何も変わりません。古来より多くの人々が求めてきたにもかかわらず実現できていない点を考えるなら、善く生きることは容易ではなく、お互いに追求し続けなければならない大きな課題だと言えます。

今回取り上げた言葉は、私たちが善く生きるためのヒントの一つです。著したのは中国の春秋時代の思想家の老子。残っているのは著作のみで、来歴等は不明、実在を疑う研究者もいます。その老子が、水に喩えて最も善く生きる行き方あり方について説いています。

水は私たちが生きるこの世界で決して欠かせないものでしょう。以前、地球を一つの生命体と見なすガイア理論が流行りました。その視点で考えれば、水は地球環境をめぐる血液のようなものと言えるかもしれません。そのおかげで私たち人間を含め、多種多様な生命が、地球上に満ち満ちてそれぞれの生を送っています。大自然の壮大な移り変わりや景観美も水があるからです。

水は大海にあっては命を育みつつ、気化しては天空に昇り、雲となって後は山野に雨として降り注ぎ、あるものは氷として、あるものは大地を潤しつつ大河に集まりながらすべての生命体の中を通って流れて行きます。水はこの世界を休むことなく駆け巡り、働き続けているきわめて尊い存在と言ってよいでしょう。

その尊い水に思いをはせたとき、状況に応じて自らの姿を変え、形や色など何ものにもとらわれないしなやかさ、柔軟性に驚かされます。四角の器に入れれば四角になり、丸の器に入れれば丸になる。また自然の摂理に従い、高いところから低い方に流れ、大きくは海へ、場合によっては人が嫌がる汚れた沼地や池などにも収まります。老子は、こうした水のありようの中に、理想的な生き方(上善あるいは“道”)を見出します。

しかし自らを顧みたとき、水のような生き方を実践することは容易ではありません。私たちは地位や資産、人望、能力や徳等、何事においても他から抜きん出たいと思いがちです。規則や常識は尊重しつつも、それによってがんじがらめに縛られ、自分らしさ、個性を失うことも嫌がります。まして自分がないがしろにされたり見下されたり、あるいは傷ついたりすることは受け入れ難く、とても水のようにしなやかに柔軟にというわけにはいきません。老子の提案するような生き方は、心掛けることはできても実践が難しいのがほんとうのところでしょう。

松下幸之助は、「自分のためにも他人のためにも他から受けようとする前に、自分の持てるものをまず与え、精いっぱいサービスしあいたい」と言います。利他の実践は確かに尊いことです。利他に徹すれば対立し、争うことはないでしょう。とはいえ利他だけでは自分自身の心に不満が湧いてくるし、適切な生活さえ送れません。まず与える。するとそれがめぐりめぐって自分に返ってくる。それにまたプラスして社会に返す。こうした循環によって社会の繁栄が高まっていく。水が天地をめぐるごとく、松下幸之助は与えることから始めて自他ともの繁栄、平和、幸福を実現しようと主張するわけです。

こうした考え方に立てば、多少実践しやすいように思えます。自他ともの調和を図りつつ自分も他も一程度満足できる道を求める行き方は、たいへん現実的ではないでしょうか。

それでも私たちは、損をしたくない、まず自分が得をしたいという思いにとらわれることが少なくありません。人情としてはわからなくもありません。とはいえ、それでは得したい同士が対立し合い、争うという事態になってしまいます。結果としてお互いに傷つき、共に損をすることになるわけです。これでは身も蓋もありません。

ここで大事になるのが、私利私欲、私心にとらわれない心を養うこと。松下幸之助はそれを「素直な心」と呼び最も大事な心構えとして訴え続けました。「素直な心」になれば、物事をあるがままに見、考え、適時適切な行動をとることができるようになる。こだわる心、とらわれる心から自由になり、常に自然の理に従いなすべきをなし、なさざるべきをなさない。人と対立、争うことも少なく、思い煩うことなく心軽やかに毎日を生きていく。見方によれば、老子が指摘した好ましい生き方に近づく心構えではないかと私には思えます。

まったく水のような生き方はできないかもしれません。しかし、できるだけ近い生き方をすることで、少しでも善く生きることはできるはずです。そしてその際に役立つ心のあり方が松下幸之助の訴えた素直な心。

「素直な心になりましょう。素直な心はあなたを強く正しく聡明にいたします」と松下幸之助はしばしば語っていました。

  経営理念研究本部 主席研究員 大江 弘

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